東洋大学のプレスリリース
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廃棄される水産物をどう活用するのか?
最適な加工方法を開発しフードロスの削減へ
持続可能な食料供給を実現する上で、フードロスが問題となっています。漁獲量の減少が進む日本においては、加工や流通の工程で廃棄される「未利用魚」「低利用魚」の有効活用が欠かせません。食品化学・水産化学の観点から水産物のフードロスを減らす研究や取り組みについて、食環境科学部食環境科学科の吉江由美子教授がお話しします。
Summary
・消費期限の短さから煩雑な加工方法まで、水産物のフードロスが多い原因は多岐にわたる
・保存性を高める製品加工や素材からの成分抽出など、フードロス削減に向けて最適な手法を模索
・研究で得た知見や技術を商品・サービスに落とし込み、社会に還元することが肝要
個体で異なる形状に膨大な種類、容易ではない魚の加工
水産物におけるフードロスの現状と問題点について教えてください。
日本には「地産地消」という考え方が浸透しており、水産物をコールドチェーン(低温状態を保った物流)に載せて遠くへ運ぶよりも、水揚げされた土地で消費するケースが多く見られます。畜肉製品と比べて腐敗が早い水産物は、獲れた地域の近隣で消費・加工しきれない場合には地産地廃棄となり、フードロスを引き起こしてしまうのです。
水産物は加工によって保存期間を延ばせますが、加工過程で課題を抱えています。魚は個体によって形や大きさが異なることに加え、魚種も膨大なため、それぞれの魚に合わせた加工を1つの地域で行うことは容易ではありません。特に寒流と暖流が重なる日本周辺の海域には両海流に生息する魚が集まり、バラエティ豊かな魚種が水揚げされます。そのため、漁獲した地域のなかで加工可能なサイズ・種類を選別し、さらにその場で実際に加工できる術がなければ処分となってしまうことが多いのです。例えば、近年の地球温暖化の影響で、氷見(富山県)の寒ブリが北海道で獲れるようになっています。本来ブリの収穫量が少ない北海道では加工できる工場や設備が不足しており、他の地域に輸送する前に鮮度が落ちてしまうため、廃棄されるというのが実情のようです。
フードロスは、天然魚だけでなく養殖魚にも関わる問題です。魚は卵からの生存率が家畜類と比べて著しく低いため、安定供給を目指してあらかじめ多めに稚魚を育てることが一般的です。それゆえ、予想を超えて繁殖が成功した場合に、実際の必要量や生け簀の大きさに合わせて間引きされる事態も生じています。
保存性の向上や成分抽出で高まる「水産物の可能性」
廃棄される水産物を減らすために、どのような研究に取り組まれているのでしょうか。
食品化学・水産化学の見地に立つと、加工によって食品寿命を延ばし、付加価値をつけることが問題解決の一翼を担うと考えます。私は研究の一環で、アユの養殖の際に間引きされて不要になった仔魚の活用方法に着目しました。アユの成魚の加工品としては、甘露煮や塩焼きの真空パック、干物などが市販されていますが、仔魚については佃煮以外の加工品がほとんど存在しません。また、仔魚の中でも特にイワシ類仔魚(=シラスと同等サイズのもの)は、十分に有効利用されていないのが現状です。そこで、アユの仔魚を常温で長期間保存可能な形態にする加工方法を模索したところ、加工処理の容易な「アユせんべい」にすることが最も妥当であるという結論に行き着きました。仔魚は採取時期によって個体の大きさや含有成分量が異なりますが、その差が加工に影響しにくい点も、アユせんべいのメリットと言えます。
余った水産物を加工して全てを食べ切ることが難しい場合は、魚の成分を分解して活用するアプローチもあります。例えば、エビやカニなどの甲殻類は身の部分を料理に使用するケースがほとんどですが、捨てられる殻には「キチン」という健康効果のある成分が含まれています。殻からキチンを抽出してサプリメントなどに加工すれば、普段は使用されない部分まで有効に活用できるのです。
成分の抽出・加工過程における課題はありますか。
原材料の段階で加工工場などから大量に廃棄される副産物の活用は進みつつありますが、外食産業におけるフードロスはまだまだ改善されていません。工場現場は加工過程が明白で副産物の処理方法に見当をつけやすいのに対し、外食産業は食材の調理方法が多岐にわたり、副産物の仕分けや処理が複雑なことが一因です。例えば、エビの調理方法としては、エビフライやエビで取った出汁などが考えられます。エビフライの余りからキチンを取り出す場合は、衣を剝がしたり、身と尻尾を分けたりといった作業が必要です。一方で、エビの出汁からキチンを取り出すには、ろ過や撹拌といった工程が求められます。成分を抽出するまでのプロセスが前段階の調理方法によって大きく異なり、処理にコストや時間を要してしまう点が外食産業における課題と言えるでしょう。
以前に、かまぼこの製造現場で出た切れ端を米麴に入れて発酵させ、出汁を取るという研究を行ったことがあります。特別な温度管理や加工を施すことなく、官能検査でも好ましいと判断された出汁が得られたのですが、当時は販路がなく製品化することができませんでした。水産化学の研究では、水産物に含まれる成分の解明から抽出方法・加工方法の開発までしかカバーできません。社会に実装するためには、法学や社会学、経営学など垣根を越えた学問分野との連携が不可欠です。研究で得た知見や技術を商品・サービスとして成立させ、社会に還元していくことがフードロス削減につながると考えています。
今後注力したい研究テーマについて教えてください。
部分分解物の製造をコントロール下で「如何に簡便に」行うか、に関心があります。
例えば、タンパク質は分解されるとアミノ酸になり、アミノ酸が2個以上結合した構造を「ペプチド」と呼びます。理想的、または有用なペプチドを安定して得るための簡便な技術はまだ確立されていません。また、タンパク質は微生物に分解させることも可能ですが、分解後の分子量まで細かく設定することは困難です。こうした部分分解物の安定的な採取を実現できれば、食品化学・水産化学分野における研究の幅はより広がります。さらに、加工食品を生産する上でのコストダウンにもつながるため、水産物のフードロス削減に大きく寄与できるでしょう。
ボゴール農科大学マリンステーション(インドネシア・プラバンラトゥ市)のある漁港市場周辺の風景
吉江 由美子(よしえ ゆみこ)
東洋大学食環境科学部食環境科学科教授/博士(水産学)
専門分野:食品化学/水産化学、研究キーワード:食品分析/食品科学/食品加工、著書・論文等:Differences in the biochemical compositions of two dietary jellyfish species and their effects on the growth and survival of lbacus novemdentatus phyllosomas [Willey] /Grooming behavior by elongated third maxillipeds of phyllosoma larvae of jellyfish [Elsevier]