タマネギのケルセチンは文章表現の維持に役立つ

岐阜大学のプレスリリース

タマネギのケルセチンは文章表現の維持に役立つ ヒト介入試験で軽度認知障害や早期認知症に伴い低下する認知機能のうちの“表現”の維持に役立つ機能を報告
 
【本研究のポイント】
・軽度認知障害及び発症早期の認知症を対象者として、タマネギ加熱粉末を12週間摂取するプラセボ対照ランダム化二重盲検比較試験を実施しました。
・摂取前後のミニメンタルステート検査項目の文章記述の点数を比較し、プラセボ食品に比べケルセチンを多く含むタマネギ(被験食品)で有意な改善効果を認めました。
・文章解析では、前向きな表現を示す形容詞の記述が増え、また単語のつながりのある記述が増えていることが分かりました。
・正常加齢者へのケルセチンを多く含むタマネギ摂取による前向きな気持ちの維持作用が、認知機能低下が始まった状態でも役立つことが示唆されました。
 
【研究概要】
 高齢化に伴う認知症の増加は、高齢化が進んでいる日本においては喫緊な課題です。近年では、認知症施策推進大綱(令和元年)がとりまとめられ、認知症基本法が成立し(令和5年)、認知症とともに生きられる「共生」と発症を遅らせる「予防」の重要性が示されています。特に、食生活に基づく行動心理症状注1 や認知機能低下の軽減が期待されています。東海国立大学機構 岐阜大学、農研機構、北海道情報大学等の研究グループは、野菜、特にタマネギに多く含まれる「ケルセチン」の認知および心理機能に及ぼす作用をこれまで研究してきました。
 今回、岐阜大学において、軽度認知障害注2 と発症早期の認知症(アルツハイマー病)注3 の被験者19人を対象に、ケルセチンを高含有するタマネギ粉末またはケルセチンを含まないタマネギ粉末を12週間毎日摂取していただき、摂取前後にミニメンタルステート検査注4 を実施しました。その結果、ケルセチンを多く含むタマネギ粉末を摂取した人は、ケルセチンを含まないタマネギ粉末を摂取した人に比べ、文章記述の点数が有意に高いことが確認されました。さらに、単語を詳しく検討すると “良い”、 “楽しい”などの前向きな表現を示す形容詞の記述が増え、また単語のつながりのある記述が増えていることが分かりました(図1)。この結果は、普段食するタマネギが、認知症発症前後に経験する“単語が思い出せない”などの想起障害に対して役に立つ可能性を示しています。
 本研究成果は、現地時間7月21日(金)に「Heliyon」のオンライン版で公開されました。
 

図1 記述された単語のネットワーク図
Text Mining Studio version 6.4(NTT DATA)ソフトウエアを用いて、ミニメンタルステート検査で記述された文章から作成された単語のネットワーク図を示しています。矢印は文章内の単語(記述通りに記載)のつながりを示しています。
 
【社会的背景と研究の経緯】
 超高齢化社会を迎える日本においては、高齢者の4人に1人が認知症またはその予備群とされる軽度認知障害で、生活習慣病(特に、糖尿病)が有病率に影響することが分かり、2025年の認知症有病者数は700万人になると推計されています。そこで、食生活に基づく生活習慣病の改善を介した行動心理症状や認知機能低下の軽減が期待されています。しかし、機能性食品成分を含む農産物に着目し、認知症または軽度認知障害の行動心理症状や認知機能低下の軽減に対する作用を示した報告はこれまでほとんどありませんでした。
 今回、軽度認知障害または発症早期の認知症者を対象とした介入試験を行い、タマネギに含まれるケルセチンの認知機能および脳血流への作用を調べました。
 
【研究の内容・意義】
1. ケルセチンを多く含むタマネギ(被験食品)またはケルセチンを含まないタマネギ(プラセボ食品)の加熱粉末を、軽度認知障害または発症早期の認知症の方に12週間毎日摂取していただき、摂取前後における認知機能検査および介護者の負担の度合い、さらに脳血流への影響について調べました。
2. タマネギ粉末1日11g(ケルセチンとして50mg)を食べやすい形で摂取していただきました。
3. 試験計画は岐阜大学医学研究等倫理審査委員会で承認され、プラセボ対照ランダム化二重盲検比較試験注5 で実施しました。
4. タマネギ粉末を12週間摂取していただき、摂取前後のミニメンタルステート検査項目の中の文章記述の点数で、プラセボ食品に比べ試験食品で有意な改善効果を認めました(図A)。
5. Text Mining Studio version 6.4 (NTT DATA)ソフトウエアを用いた文章の解析では、前向きな表現を示す形容詞の記述が増え、また単語のつながりのある記述が増えていることが分かりました(図B)。
6. 軽度認知障害または発症早期の認知症において、頭頂葉・楔前部・帯状回後方の血流低下を認めますが、被験食品・プラセボ食品共に、脳血流シンチ検査注6 で脳血流の改善を認めませんでした(図C)。
7. 本研究では、農研機構が被験食品の設計等を行い、北海道情報大で健康な人を対象とした試験を進め、岐阜大学では、認知機能が軽度低下した被験者を対象とした試験を行いました。
8. これらの結果から、ケルセチンを多く含むタマネギの認知機能や前向きな気持ちの維持への作用が、加齢のみならず認知機能低下が始まった状態でも役立つことが示唆されました。
 
【関連情報】
予算:生物系特定産業技術研究支援センター「「知」の集積と活用の場による革新的技術創造促進事業(うち「知」の集積と活用の場による研究開発モデル事業)」「脳機能改善作用を有する機能性食品開発」
 
【用語解説】
注1 行動心理症状
 認知症の症状は、物忘れ等の「中核症状」と精神や行動面の症状である「周辺症状」がある。行動心理症状はこのうちの周辺症状に相当し、徘徊、暴力、抑うつ、幻覚などの症状があります。
 
注2 軽度認知障害
 自立した日常生活と全般的な認知機能に問題はありませんが、物忘れや記憶力の低下が存在する状態で、毎年10-15%が認知症(アルツハイマー病)に移行するとされており、前段階と考えられます。
 
注3 認知症
 本試験の認知症の被験者は、臨床所見と脳血流シンチ検査の結果から、アルツハイマー病と考えられます。アルツハイマー病脳では神経原線維変化とβ–アミロイドの沈着が特徴です。β–アミロイドは発症の十数年前から沈着することが分かっています。発症初期には、記憶の障害、無気力やうつ症状も見られることがあります。
 
注4 ミニメンタルステート検査
 認知機能障害が疑われる場合に実施するスクリーニング検査の一つで、時間や場所の見当識、3単語の想起、計算、物品呼称、文章復唱、口頭指示、文章記述、図形模写の項目があり、すべて正解すれば30点満点です。
 
注5 プラセボ対照ランダム化二重盲検比較試験
 新規の薬物等の効果を確認するための研究デザインの一つです。被験者はランダムにプラセボまたは被験薬に割り振られ、被験者と研究者は被験者がどちらを受けているかを知らない状態で実施される比較研究試験です。
 
注6 脳血流シンチ検査
 放射性医薬品を静脈注射し、脳内への集積から血流分布の異常を調べる検査です。アルツハイマー病やレビー小体型認知症において、特徴的な脳関心領域の血流低下を示すこともあります。
 
 【参考図】

図A.ミニメンタルステート検査の得点の変化量の比較 書字は文章記述の検査項目(自由記載)を示す。
 

図B. Text Mining Studio version 6.4 (NTT DATA)ソフトウエアを用いた文章の解析

図C. 脳血流シンチ検査:赤いほど血流低下が大きい
 
【論文情報】
雑誌名:Heliyon
論文タイトル:Continuous intake of quercetin-rich onion powder may improve emotion but not regional cerebral blood flow in subjects with cognitive impairment
著者:Yuichi Hayashi, Fuminori Hyodo, Tana, Kiyomi Nakagawa, Takuma Ishihara, Masayuki Matsuo, Takayoshi Shimohata, Jun Nishihira, Masuko Kobori, Toshiyuki Nakagawa
DOI: 10.1016/j.heliyon.2023.e18401
 
【研究者情報】
研究推進責任者:
 東海国立大学機構 岐阜大学大学院医学系研究科 研究科長 山口 瞬
 農研機構食品研究部門 所長 高橋 清也
 北海道情報大学 学長 西平 順
 
研究担当者:
 東海国立大学機構 岐阜大学大学院医学系研究科 教授 中川 敏幸
 農研機構食品研究部門 食品健康機能研究領域 研究領域長 小堀 真珠子(研究開発事業 研究代表者)
 北海道情報大学 学長 西平 順
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