ペルノ・リカール・ジャパン株式会社のプレスリリース
休日や海外での活動についても!
角野「中高の頃は、メタルなどビートの速い曲を聴いていた」
森山「役者業は、自分の生きている人生とは別の視点みたいなものが垣間見れる」
「THE 初対面」は、初対面のお二人が「ザ・グレンリベット」を飲みながら自由に語り合う企画です。「ザ・グレンリベット」が“はじまりのシングルモルト”であることにちなみ、「初めて」をテーマにした対談企画の実施に至りました。俳優・ダンサーのみならず自身で企画なども手掛ける森山さんと、ピアニストの角野さんは、お互いの活動や表現について深く語り合います。海外を飛び回って活動されるお二人の日々を垣間見ることができます。また、一人飲みもするという森山さん。角野さんと、飲みに行く約束も交わしました。さらに、休日の過ごし方や、表現の原点となる経験・考え方など、様々なことについて語っています。
本企画は「The Fashion Post(ザ・ファッションポスト)」とのタイアップとして連載中です。
<「THE 初対面」特設サイトURL>https://prj-cp.jp/theglenlivet_200th
<「THE 初対面」森山未來×角野隼斗 YouTube URL>https://youtu.be/v62_yfxMKXQ
<「The Fashion Post」タイアップ記事>https://fashionpost.jp/journal/297237
森山未來、ピアニスト・角野隼斗、初対面で飲みながら語り合う!対談のきっかけは、森山さんのお母様
「THE 初対面」第四弾には俳優・ダンサーの森山未來さんと、ピアニストの角野隼斗(Cateen)さんが出演。
初対面のお二人がとあるバーを訪れるところから動画はスタートします。お二人はハイボールを注文すると、まずお酒について話し始めます。森山さんは、今回の対談のきっかけを明かしました。(敬称略)
森山:実家に戻った時に両親とご飯を食べてて、母が「最近気になっている人がいるんよ」って言ってきて。テレビを見たら、まさに角野さんのドキュメンタリー。ニューヨークでストリートのピアノ弾いて周るやつあったじゃないですか。確かな技術を持っているけれども、Cateenさんとして動画クリエイターをやられたりとか、色んな企画を自分で動かしているというのがすごく面白いなと思って。それで今回ちょっと一緒に飲めたらなと思って。
森山・角野、海外での活動に言及!角野、ニューヨーク拠点の理由、自身の中で変化したことを明かす。
話題はお互いの活動のことに。海外を周りながら活動しているというお二人は、近況について話しました。また、角野さんはニューヨークを拠点にした理由や、そこでの活動を通して自身の中で変化したことについて明かします。森山さんは、役者とダンサーどちらかで分けられてしまうことに対する思いも語りました。
森山:今ずっとニューヨークですよね?
角野:そうですね。去年の4月に拠点を移して。とは言っても、日本にはよく帰ってくるし、ヨーロッパ、アジアにもよく行ってるので。
森山:割合はどれぐらいですか?
角野:同じぐらい。日本とアメリカは同じぐらいで、それ以外も同じぐらいあるって感じで。3分の1ずつみたいな。
森山:ヨーロッパとかも多い感じですか?
角野:そうですね。12月は大体ヨーロッパにいたり。
森山:ショパンやったらヨーロッパ、クラシックはもちろんUSの方もあると思いますけど、なんでニューヨークやったんですか?
角野:クラシック音楽はヨーロッパから生まれたものですけど、それと同時に、何か僕は新しいものを作るっていうところへの憧れはすごくあって。アメリカは100年前にジャズというものが生まれて、それ以降も色んな実験的な音楽や、ミニマルミュージックみたいなものだったり、色々含めてすごく最先端のものがあるイメージがあって。それで初めて行った時にすごく惹かれて、そこから色々な友達のつてなどもあって、結局ニューヨークに行くことになったんです。
森山:ニューヨークに行って、自分の音楽というか、自分の生活、生き方も含め、何か変わった感覚はありますか?
角野:そうですね。僕はずっと日本で生まれて育ってきたから、日本以外のところに住みたいとか、住まなきゃなって思いがちょっと前からあったんですよ。自分が若い頃って、自分の向いている方向が外に向いていなかったなという想いがすごくあって。自分がもっと色んなものを学ばなきゃいけないという想いもあって、ニューヨークに行くことにしたんです。それまで音楽以外にそんなに興味を持ってなかったんですけど、ニューヨークに行くと、音楽だけじゃなくて色んなアート、ダンス、色んな方々に会うから他分野から受ける影響とか、それはクラッシックにいても他ジャンルの音楽の方と話した時に受ける影響とか、例えば一緒にセッションしてみたりとか。そういうようなことは、自分の経験の中としては増えたのでいい経験になったなとは思います。
森山:本当そうですよね。自分の中であんまり意識はしたくなかったけど、役者とダンサーっていうもので、どうしても分けられるというか、分けたがる傾向もあったし。僕の中では別にどっちでも良くて、どちらもあって僕がやっていること、で良かったんです。あまり日本のことを悪く言いたいわけではないけど、どうしてもここにいるとそのどちらなのかを、やはり意識しなきゃいけないみたいなニュアンスがちょっとあって。それを意識しないように、意識していた。僕としては関係ないんですよって。でも向こうに行くと、単純に表現というものを謳歌する人たちがそこにいて。ダンサーであろうが、音楽のコンポーザーであろうが、絵描いているとか、本当に関係なく好きにやっている人たちが多くて。だからその垣根なしに、音楽の人間がアートを語ったり、ダンスのことを語ったり、アートあるいは表現というラインでみんなが語れる場がちゃんとあるというか。みんなもそれで生きているというのは、僕にとってやっと気にせずにいられるようになったっていう感じ。だから、それからは日本で活動していても、そのボーダーラインみたいなものは、本当に感覚的にはなくなっていて。
森山、俳優とダンサーの関係についてコメント。角野、自身の表現のルーツを語る
「中高の頃はジャズとか電子音楽とかメタルなどビートの速い曲を聴いていた。音ゲーもやっていた」
続いての話題はお互いの表現について。俳優・ダンサーとして活躍される森山さんは、俳優・ダンサーそれぞれの経験が互いにどう関係しているのかについて話しました。角野さんは作曲家の意思と自分の表現したいものが一致しなかった場合について難しい問題だと話します。角野さんからの質問に対し、森山さんは自身の考えを明かしました。さらに、角野さんは幼少期の音楽経験が今に繋がっているという原点について語りました。
(お互いの表現について)
角野:俳優をされている時に音楽の経験が生きるとか、その逆もあったりするんですか?
森山:あると思います。技術的に身体がどういう風に動くか、コントロールできるのかっていう部分でのダンサーとしてのやり方と、それは役者という部分にもあるけれども。お互いのフィードバックみたいなものは非常にあったな。技術だけで表現って成立しないというか。その人の生き様や、自分がどういう物語、生活を紡いでいってここに今立っているのかみたいなのがすごく影響していくじゃないですか。そういう地続きの自分のコンテクストみたいなものを感じていくのに、やっぱり役者業というのは、すごく短期間だけれども、別の職業や、別の人の人生を生きるっていう、そこをちょっと垣間見るだけで自分の生きている人生とは別の視点みたいなものが獲得できるとまでは言わないけれど、垣間見れるというか。プラス肉体、身体ってどうしても非言語で、音楽も多分そうだと思うんですけど、直感的に情報として、あるいは体験として直で入ってくるもの。それって、演劇、言葉から生まれる芸術とはまた全然違う立ち位置なので、“いってこい“というのは非常に大きいなとは思ってます。
角野:僕は役者とかしたことないですけど、音楽をやってて、もしかしたら似てるなと思っていつか聞いてみたかったのは、クラシック音楽の作曲家の作品を、例えばショパンだったらショパンを演奏するわけですよね。それはショパンの作品であるから、ショパンの楽譜から何を読み取って何を弾くかというのは、ショパンの意思が全てであって、大きな軸としてあるわけで。例えばそこに自分の表現したいものがあって、それが一致しなかった場合に、どういう風に最終的に作っていくかというのはとても難しい問題だなと日々思うんです。それが例えば何かの役を演じる時に、自分の中から出てくる内なるものと、役者としての、役作りとしてのその人でなければいけないという、そのギャップがもし生まれた時にどう対処しますか?
森山:これが正しいのか正しくないのか分かんないですけど、森山未來というパーソナルがあったとして、そのパーソナルから0→1を作るっていう感覚ももちろん大事で、剥身で表現している方々もいっぱいいるんですけど。例えば別の物語とか性格みたいなものを自分の中に通しながら、作品を開いていくみたいな。ある種、その物語とかキャラクターを使うことによって、表現がぱっと出てくるみたいな。結構僕はそういう関係値を大事にしながらやってるのかもしれない。言語性あるいはフィクションというか。そういうところと自分のパーソナルと、そこから出てくる表現みたいなの、意識してるところはあるかな。音でも身体でも、例えば桃太郎をやるといっても、身体的なパフォーマンスに自分で起こしていくってなった時に、ジェスチャーのみで全部やっちゃってもしょうがないというか。何をエッセンスとして、何かキーワードとして、その身体に立ち上げていくかみたいな。音なんかもっと分かんないっすよね(笑)。でも桃太郎の、例えば色だったり物語の進行で、“ここが自分の中で引っかかる部分や”とか、音色みたいなものとか、長調なのか短調なのかみたいなとこから、少しずつ立ち上がっていくみたいな。そういうプロセスが、僕は好きなんですけどね。
角野:僕もそれはすごい好きで、何かを作る時も、何かしらのテーマがあったりとか、目的、その中でどう最高のものを作っていくっていうのはすごく好きですね。喋るようにインプロビゼーションを弾くことはいかようにもできるんですけど、正解も不正解もないから、何が良くて何が良くないんだろうというのを考えるのはすごく難しい。最近は本当にプリミティブに感じたものの他に、なぜ自分がそう思ったのかを意識的に言語化をしようというのは心がけています。
(角野さんの表現のルーツについて)
角野:小学校の頃ずっとクラシックをやってて、それの反動で中高の頃はクラシックをむしろ聴いてないぐらいで、ジャズとか電子音楽とか(色んな音楽を聴いていて)。音ゲーをずっとやってたんですね。そうするとほとんどビートのある音楽で、それも速い音楽、メタルとかも聴いていました。そういうのを聴いていると多分自分の中のビートは速くなってくるんですよね。だから、ブラックミュージックみたいなものを弾いたこともあるはあるけど、身体の底から理解できた感覚はしないですね。
森山、お酒があることで「コミュニケーションが豊かになる」一人飲みも「結構行く」
角野、休日は「一日オフがあるとつい練習してしまう。ピアノがないリゾートとか行くしかない」
再会の約束を誓う。
プライベート・休日についても語り合います。一人でも飲むという森山さんは、都心部以外のエリアに行った際は必ず行うことがあると動画内で明かします。お二人は再会の約束を交わしました。
角野:森山さんもお酒よく飲まれるんですか?
森山:僕は飲みますね。両親もお酒を飲むのが好きな人ですけど。お酒を飲むことによって、コミュニケーションが豊かになるとか、円滑になるっていうのは両親を見ていてすごく思う部分があるというか。お酒を飲んでその場を一緒に過ごすことによって、普段仕事や、日常でふっと言えなかったこともさらっと出たりすることがあるっていうか。休日ってありますか?
角野:一日オフがあれば、すなわち練習ができるんですよ。だから、本当リゾートとか行くしかなくなるんですよ。
森山:もうピアノから離れるしかない。
角野:離れるしかなくて。移動中とかコンサートでどこかの街に行って、練習場所もそんなに取れないとかなると、しょうがないから街をぶらぶらしてみたいな。そういうのはある意味での休日になるかもしれないですけど。
■出演者プロフィール
森山未來(もりやま みらい)
1984年、兵庫県生まれ。
5歳から様々なジャンルのダンスを学び、15歳で本格的に舞台デビュー。
2013年には文化庁文化交流使として、イスラエルに1年間滞在、Inbal Pinto&Avshalom Pollak Dance Companyを拠点にヨーロッパ諸国にて活動。「関係値から立ち上がる身体的表現」を求めて、領域横断的に国内外で活動を展開している。
俳優として、これまでに日本の映画賞を多数受賞。ダンサーとして、第10回日本ダンスフォーラム賞受賞。監督作として、ショートフィルム「Delivery Health」「in-side-out」などを手がける。2021年3月11日には京都・清水寺でのパフォーマンス「Re:Incarnation」の総合演出を務め、東京2020オリンピック開会式では鎮魂の舞を踊った。2022年4月より神戸市にArtisti in Residence KOBE(AiRK)を設立し、運営に携わる。ポスト舞踏派。
角野隼斗(すみの はやと)
2018年、東京大学大学院在学中にピティナピアノコンペティション特級グランプリ受賞。2021年、ショパン国際ピアノコンクールセミファイナリスト。これまでにポーランド国立放送交響楽団、ボストン・ポップス・オーケストラをはじめ数多くの楽団と共演。2018年9月より半年間、フランス音響音楽研究所(IRCAM)にて音楽情報処理の研究に従事。これまでにジャン=マルク・ルイサダ、金子勝子、吉田友昭の各氏に師事。MBS「情熱大陸」「一万人の第九」、TBS「バース・デイ」、NHK「紅白歌合戦」「あさイチ」「クラシックTV」「クラシック倶楽部」、テレビ朝日「徹子の部屋」「題名のない音楽会」「ミュージックステーション」など、多くのテレビ番組に出演している。また、2023年には全国16公演のツアーを開催し、約3万人を動員。2024年には、自身最大規模の全国23公演のツアーを開催。さらに24公演目として、自身の誕生日である7月14日(日)に日本武道館公演を開催することが決定している。CASIO電子楽器アンバサダー、スタインウェイアーティスト。クラシック音楽に特化した新アプリ、Apple Music Classicalのアンバサダーを務めるなど、既存のクラシック音楽の枠組みを超えるスケールの活躍をしている。クラシックで培った技術とアレンジ、即興技術を融合した独自のスタイルが話題を集め、“Cateen(かてぃん)“名義で活動するYouTubeチャンネルは登録者数が125万人超、総再生回数は1億回を突破。さらにFUJI ROCK FESTIVAL ’22へ出演など、活躍の場はクラシックフィールドに留まらない。現在は、拠点をニューヨークに移し、ボストン・ポップス・オーケストラとの共演でアメリカデビューを果たすなど、活動の幅を広げ、世界各地で活動を行っている。
■「ザ・グレンリベット」について
「ザ・グレンリベット」の歴史は、創始者ジョージ・スミスのウイスキー蒸留所がスコットランドのスペイサイド地方リベット渓谷で最初に蒸留ライセンスを取得した1824年から始まりました。彼が造るウイスキーは評判を呼び、スペイサイドウイスキーの代名詞であるフルーティーでフローラルなスタイルの礎を築き上げました。その高品質なウイスキーと先駆的な思考から、グレンリベットの名を語る多くの模倣者や成功を妬む蒸留家たちが現れましたが、不屈の精神で様々な困難を乗り越え、模倣者たちと一線を画すために、1884年に創始者ジョージ・スミスのウイスキーだけが定冠詞の“THE”をつけた“THE GLENLIVET”と名乗ることが許されました。「ザ・グレンリベット」は今日まで、創始者が培った技術と信念を継承しながらも、常に進化を続け、唯一無二の味わいを守り続けています。
<「ザ・グレンリベット」公式サイト>https://www.theglenlivet.jp/
■商品について
ザ・グレンリベット12年
ブランドのフラッグシップ商品で、ザ・グレンリベットの特徴的なスタイルを代表する、スムースでバランスの取れた、フルーティーな味わい。
樽:アメリカンオークとヨーロピアンオーク
色:あざやかで明るい金色
香り:フルーティー
味わい:ザ・グレンリベット特有のバニラ、はちみつの甘さを伴う芳醇でソフトな風味
フィニッシュ:長くクリーミーで滑らかな余韻
【詳細】
・ザ・グレンリベット 12年
度数:40/容量(ml):700/入数(本):12/小売価格:オープン/参考小売価格(円/税込):7,502円
<「ザ・グレンリベット 12年」商品ページ>https://www.theglenlivet.jp/our-whisky/cc-12.html
<商品ラインナップページ>https://www.theglenlivet.jp/our-whisky/
<「ザ・ファッションポスト」タイアップ記事>https://fashionpost.jp/journal/297237
■ペルノ・リカールについて
ペルノ・リカールについて
ペルノ・リカールは、伝統的な職人の技、最新鋭のブランド構築とグローバルな販売技術を兼ね備えた、スピリッツおよびワイン産業における世界の代表的リーダー企業です。プレミアムブランドからラグジュアリーブランドに亘る当グループの著名な商品群には、アブソルートウオッカ、リカール(パスティス)、バランタイン、シーバスリーガル、ローヤルサルート、ザ・グレンリベット(スコッチウイスキー)、ジェムソン(アイリッシュウイスキー)、マーテル(コニャック)、ハバナクラブ(ラム)、ビーフィーター(ジン)、マリブ(リキュール)、メゾン マム、ペリエ ジュエ(シャンパン)などがあります。当グループのミッションは、保有ブランドの長期的発展を確保することにあります。当該目標実現に向け、人と環境に最大限配慮しつつ、世界中の当グループ社員をコンヴィヴィアリテという明確な目標とインクルーシブな文化のアンバサダーと位置づけています。ペルノ・リカールの2023年度の連結売上高は121億3700万ユーロでした。
ペルノ・リカールはNYSEユーロネクストに上場しており(ティッカー:RI、ISINコード:FR0000120693)、CAC40指数およびユーロ・ストックス50指数のメンバーです。
ペルノ・リカール・ジャパン株式会社について
ペルノ・リカール・ジャパンは、ペルノ・リカール・アジア S.A.S.の100%子会社として、1990年に設立されました。以来、国内の酒類販売店、及び免税市場において、グループ商品を中心とした酒類の販売を展開、国内市場および免税市場でのアルコール飲料販売においてめざましい発展を遂げてきました。設立から34年を経た現在、ペルノ・リカール・ジャパンは、スピリッツ&ワイン分野において傑出したポートフォリオを保有し、国内のリーディングカンパニーとして発展を続けています。