-科学雑誌『Frontiers in Nutrition』掲載-
株式会社はくばくのプレスリリース
『主食改革』を提唱する株式会社はくばく(本社:山梨県中央市、代表取締役社長:長澤 重俊)は、国立研究開発法人医薬基盤・健康・栄養研究所(「医薬健栄研」)ヘルス・メディカル微生物研究センターの國澤純センター長および山梨大学大学院総合研究部医学域社会医学講座大岡忠生講師らの研究グループとの共同研究により、大麦の摂取量が多い非肥満者では納豆の摂取量および腸内の酪酸産生菌の存在量が多いことを明らかとし、これらの特徴が大麦摂取による抗肥満効果を特徴づける可能性があることを示しました。
本研究成果は科学雑誌『Frontiers in Nutrition』(2024, 31:1434150)に2024年10月31日に掲載されました。
<研究のポイント>
・大麦を多く摂取しているにもかかわらず肥満の人(ノンレスポンダー)と肥満でない人(レスポンダー)が存在し、その違いには腸内における酪酸産生菌の豊富さが関係している可能性が示唆された。
・大麦を多く摂取かつ肥満ではない人(レスポンダー)は納豆の摂取量が多かったため、納豆菌が大麦β-グルカンを分解することで酪酸生成を促進している可能性が示唆された。
⇒腸内細菌を介した大麦の抗肥満効果は、納豆を積極的に摂取することでより期待できる可能性がある。
■研究の背景と目的
大麦に含まれるβ-グルカン1)など発酵性の食物繊維は、腸内細菌による発酵を受けるため、腸内細菌や腸内代謝産物の組成を変化させ、宿主の健康に影響を与えるものと考えられています。しかし、その作用は宿主である私たち人間の腸内細菌叢の違いによって変わる可能性があります。
これまでの研究で、大麦摂取による健康効果の発現の違いが、腸内細菌叢の違いと関連しているのではないかと考えました。そこで、大麦摂取が脂質異常症(Maruyama, S. et al. Frontiers in Nutrition(2022))や高血圧症(Maruyama, S. et al. Microorganisms(2023))に与える影響について、大麦摂取の効果が期待できる群「レスポンダー」と期待できない群「ノンレスポンダー」という概念を用いて検討し、腸内細菌叢の違いが「レスポンダー」「ノンレスポンダー」を決める可能性があることを見出してきました。
本研究では、大麦の摂取量が多い非肥満者を「レスポンダー」、大麦の摂取量が多い肥満者を「ノンレスポンダー」と定義し、大麦摂取と抗肥満との関連性を、両者間の腸内細菌叢の違いから考察し、その関連性に発酵食品(納豆)の摂取がどのような影響を与えるかを調査しました。
■研究方法
精麦商品を取り扱う株式会社はくばくの社員256名を対象に、食生活と生活習慣の調査、健康診断、糞便サンプルの「16S rRNA解析」2)を実施し、参加者の大麦摂取量、生化学的データ、腸内細菌組成を明らかにしました。参加者のうち、腸内細菌叢に影響を及ぼす可能性のある抗生物質を服用している21人と、BMIが正常範囲でやや高め(23<BMI<25)の50名を除く185名(平均年齢39±12歳、男性134名)を解析対象としました。解析対象者を大麦摂取量の中央値(3.494 g/1000kcal)に基づいて大麦低摂取群(93名)と大麦高摂取群(92名)に分け、さらに大麦高摂取群をBMIが23未満のレスポンダー(61名)と同25超のノンレスポンダー(31名)に分けました。
レスポンダーとノンレスポンダー間のα多様性、β多様性3)、および腸内細菌の相対存在量を比較することで、レスポンダーに特徴的な腸内細菌叢を検討しました。さらに、解析対象者を大麦と納豆の摂取量の中央値(大麦は上述した値、納豆は2.2g/1000kcal)に基づき4群に分け、レスポンダーに特徴的な腸内細菌を4群間で比較することで、レスポンダーにおける納豆の影響を検討しました。
■研究結果
①レスポンダーの腸内細菌叢は多様性が高く、酪酸産生菌(㋐Butyricicoccusと㋑Subdoligranulum)が大麦摂取の抗肥満効果に関与している可能性が示唆
α多様性は、ノンレスポンダーに比べレスポンダーでShannon指数とSimpson指数が有意に高く、腸内細菌叢の多様性が高いことが示されました(図1)。さらにβ多様性を主座標分析4)によって検討したところ、レスポンダーはノンレスポンダーや低大麦群とは異なる腸内細菌叢を持つことが明らかとなりました。
次に、腸内で優勢な上位64属の腸内細菌をレスポンダーとノンレスポンダー間で比較したところ、9属の存在量が有意に異なり、1属を除くすべてがレスポンダーで豊富でした。この9属について交絡(結果と要因の両方に関係する変数:今回の実験では年齢、性別、生活習慣病のリスク)を調整した結果、㋐Butyricicoccusと㋑Subdoligranulumがレスポンダーで有意に豊富でした(図2)。これらの結果から、レスポンダーは特徴的な腸内細菌叢をもち、特に㋐Butyricicoccusと㋑Subdoligranulumが大麦摂取による抗肥満効果に関与している可能性が示唆されました。
②レスポンダーは納豆の摂取量が多く、大麦と納豆を多く食べている人では酪酸産生菌(㋐Butyricicoccusと㋑Subdoligranulum)が豊富
腸内細菌叢に影響を与えうるいくつかの発酵食品について摂取量を比較したところ、レスポンダーは納豆をノンレスポンダーより有意に多く摂取していることが明らかとなりました(それぞれ7.6 ± 9.4, 3.9 ± 5.1 (g/1000kcal))。大麦β-グルカンを特異的に分解する酵素(リケナーゼ)5)を持つ細菌はBacillusが最も一般的で、これには納豆菌であるBacillus subtilisが含まれます。Bacillusはレスポンダーの34%、ノンレスポンダーの19%で検出され、保有率に有意差はありませんでしたが、腸内のBacillusの存在量はレスポンダーで多い傾向にありました(p=0.08, Kruskal-Wallis検定)。酪酸産生菌である㋐Butyricicoccusと㋑Subdoligranulumが大麦と納豆の摂取量がどちらも多い群(高大麦高納豆群)で有意に多く、交絡を調整した場合でも、㋑Subdoligranulumは高大麦高納豆群で有意に豊富でした。レスポンダーの腸内では納豆菌であるBacillus subtilisにより大麦の食物繊維が分解され、分解された糖をさらに㋐Butyricicoccusと㋑Subdoligranulumが代謝し、酪酸を生成する腸内細菌リレー6)が促進されている可能性が高いと推測されました(図3)。
■今後の展望
本研究によりレスポンダーの腸内には酪酸産生菌の㋐Butyricicoccusと㋑Subdoligranulumが豊富に存在していたことから、短鎖脂肪酸の1つである酪酸7)の存在が大麦摂取による肥満予防効果に関係している可能性が示されました。腸内で生成された酪酸はインスリン抵抗性を緩和して抗肥満効果を発揮することが知られており、肥満者の糞便サンプルでは酪酸レベルの低下がみられるという報告もあります(Junjie Qin et al. Nature(2012))。
酪酸産生菌として知られる㋐Butyricicoccusと㋑Subdoligranulumはともに高大麦高納豆群で有意に多く、大麦と納豆の摂取量にはわずかな正の相関があることを考え合わせると、大麦と納豆には相互作用があることが示唆されます。また短鎖脂肪酸の産生には腸内細菌リレーが必要ですが、レスポンダーの腸内では納豆菌であるBacillus subtilisが大麦β-グルカンを分解することで、㋐Butyricicoccusと㋑Subdoligranulumの酪酸産生を促進している可能性があります。以上のことから、大麦と納豆を積極的に取り入れることは肥満予防の有望な手段として期待されます。一方で、今回用いた「16S rRNA解析」による腸内細菌の測定では属レベルまでの同定はできるものの、種のレベルの同定はできず、Bacillus subtilisの存在量は分からないため、今後、ショットガンメタゲノム解析などを用いた詳細な検証が望まれます。
本研究は横断研究という一時的なデータに基づく結果であるため、今回得られた結果から直接的に大麦と納豆の摂取が抗肥満効果をもたらすかは議論の余地が残されています。今後は介入試験や縦断研究などを実施することにより、大麦と納豆の摂取タイミングが腸内細菌や肥満に与える影響をさらに検討していく予定です。
■論⽂情報
論⽂タイトル:High barley intake in non-obese individuals is associated with high natto consumption and abundance of butyrate-producing bacteria in the gut : a cross-sectional study
掲 載 雑 誌 :Frontiers in Nutrition
ウェブサイト:https://www.frontiersin.org/journals/nutrition/divs/10.3389/fnut.2024.1434150/full
■用語解説
1) β-グルカン: 水溶性食物繊維。水に溶けてゲル状になる食物繊維。腸内環境を整える機能を持つ。
2) 16S rRNA解析: 種のレベルにて高い相同性を示すことが知られる16S rRNA遺伝子に着目し、検体よりDNAを抽出、PCRで同遺伝子を増幅して配列を調べ、含まれる細菌の種類や分布を解析する手法。
3) α多様性、β多様性: ある1つの環境での種の多様性のことをα多様性という。今回採用したShannon指数とSimpson指数はいずれも均等度を指す。これに対し、異なる環境間の種の多様性をβ多様性という。
4) 主座標分析(PCoA):高次元のデータを2~3次元に落として視覚化するための分析手法。腸内細菌叢を解析する場合は、細菌叢を一つの生態系と見なし、β多様性を視覚化する方法である。本試験では、被験者の腸内環境菌叢を2次元に落として座標にプロットしている。
5) リケナーゼ(Lichenase):穀物の(1→3)- 及び(1→4)-結合が含まれるβ-D-グルカンの、(1→4)-β-D-グルコシド結合の加水分解を触媒する酵素。β-グルカナーゼの一種でリケニナーゼとも呼ばれる。
6) 腸内細菌リレー: 複数の腸内細菌が協力して腸内で短鎖脂肪酸を産み出すこと。食物繊維で糖化菌(納豆菌も糖化菌の1つ)によって糖に分解される。その後、その糖を材料にして乳酸菌が乳酸を、ビフィズス菌が乳酸と酢酸を生み出す。さらにその乳酸や酢酸を別の菌が材料にして、プロピオン酸や酪酸を生み出すといった流れのこと。
7) 酪酸:腸内にて特定の腸内細菌によって生成される短鎖脂肪酸の一つ。腸の炎症を軽減したり、ぜん動運動を刺激したり、悪玉菌の過剰増殖を抑制するなどの機能があることが知られている。