2026年3月16日(月)、東京にて、“シェフの祭典”と称される授賞式が開催されました。
一般社団法人フィッシャーマン・ジャパンのプレスリリース

宮城の鮨文化を変革する「伊達前鮨プロジェクト」が世界的美食ガイド「ゴ・エ・ミヨ 2026」でイノベーション賞を受賞しました。
「伊達前鮨プロジェクト」は、魚の仲買人大森圭(フィッシャーマン・ジャパン設立メンバー)と、宮城県内で鮨屋を構える5人の職人、日本料理店料理人1名によって始まった食文化再構築プロジェクトです。
世界的なレストランガイド『ゴ・エ・ミヨ』は、味の評価のみならず、食材の背景を大切にした新しい取り組みを評価する媒体として知られています。イノベーション賞は、食の体験に対し、新たな切り口で挑戦をする料理人・職人・生産者に贈られる賞です。
今回の受賞は、分断されがちな流通の現場にいる仲卸と、料理を作る職人たちがチームを組み、海からカウンターまでをひとつに繋げたこと、そして宮城の海産物を地元で究極の一貫へと昇華させる姿勢が、高く評価されました。
2026年3月16日(月)、東京にて、“シェフの祭典”と称される授賞式が開催されました。
伊達前鮨プロジェクトとは
かつて伊達藩と呼ばれた宮城で、江戸前ならぬ「伊達前」として新たな食文化をつくっていこうと仲間が集いました。
メンバーは鮮魚仲卸の株式会社ダイスイ(石巻市) 大森 圭を中心として、鮨職人は「氏金寿し(登米市)」氏家 光浩、「鮨 いわ貴(仙台市)」岩井 貴之、「笠聖(加美町)」笠原 聖太、「鮨 徳(仙台市)」岩沼 徳太郎、「鮨 ゆたか(仙台市)」伏見 悠、和食職人「和み処 男山(塩釜市)」佐藤 強の全7名により構成されています。
流通の現場にいて仲卸のあり方を変えてきた「大森式流通」と、各地で研鑽を積んだ最高レベルの鮨・和食職人によるプロジェクトです。

1.プロジェクト開始の背景
本プロジェクトは8年前、仲卸の大森圭と「氏金寿し」氏家光浩の出会いから始まりました。大森が 「量より質」を重視した新しい魚流通の形「大森式流通」を模索していた頃です。調理法に合わせて魚を独自に仕入れ、神経締めをはじめとした仕立てを施し、最高の状態で卸先へ送り届けていました。しかし、仕立てた極上の魚の多くは県外の名店へと送られ、宮城の豊富な海産物を地元で味わえる店が少ない状況を憂いていました。
一方で、氏家は祖父の代から続く街の寿司屋を継ぎ、登米で地域に根ざした店を営む傍ら、築地の市場や鮨屋に通い、腕を磨いていました。当時の宮城で、大森式の魚の魅力を引き出して調理することができる数少ない職人でした。
どうすれば「これぞ宮城」と言われるようになるのか。二人は日々それぞれに鮨に携わりつつ、アイデアを膨らませていました。
そんななか、2020年代になり石巻の実家の鮨屋で腕を磨いた伏見悠が仙台に「鮨 ゆたか」を開店しました。その後も江戸前の名店で修行を積んだ若き職人たちが、宮城へ帰り次々と鮨屋を開店していきます。状況は一変し、職人の顔ぶれも揃い始めてきました。今なら宮城の鮨を世界にアピールできるのではないか。そこで改めて「伊達前鮨」として宮城の鮨文化をつくっていくことを企てたのです。
2. 宮城の鮨文化を変革していくために
大森と職人たちは、日々変わっていく海の状況に合わせて「どんな状態の魚がその店の鮨に適しているのか」常に調整を続けています。美味しい一貫を届けるため、一切の妥協も遠慮もなくフィードバックし合っているのです。
そうした強い連携によってカウンターに届く最高鮮度の素材が、世界でも宮城でしか食べることのできない鮨を作り上げつつあります。
この変化を一過性のものにせず、宮城全体の確かなうねりへと変えていくため「伊達前鮨プロジェクト」は、様々な活動を行っていきます。職人たちが技を磨き合う勉強会や、店を越えたコラボイベントなどを通じて、漁師から仲卸、そしてお客様までが一緒になって宮城の鮨を盛り上げる。様々な人を巻き込み進めていくことを目指しています。
「これぞ宮城」と呼ばれるために、何ができるでしょうか。 宮城の海と漁師、流通、料理人、そしてお客様が手を取り合ったとき、そこにはどんな新しいストーリーが紡がれるのでしょうか。今後にご期待ください。

フランス発の世界的美食ガイド「ゴ・エ・ミヨ」とは
1972年にフランス・パリで誕生したレストランガイド。現在は世界17ヵ国で展開され、単なる評価本を超え、その土地の地域性(テロワール)や食の「今」を伝える媒体として高い信頼を得ています。
特に「新しい才能の発見」に定評があり、2025年版では日本全国から563軒のレストランが選出されています。イノベーション賞は、キャリア、料理哲学、コンセプトなどにおいて挑戦することを選び、 新たな切り口で取り組む料理人・職人・生産者に贈られる賞です。
「大森式流通」代表・大森 圭のコメント

本当の鮨を味わい、鮨を愛する心が深まると「この魚がどう獲られ、誰が、どのようにして一貫の鮨として仕上げたのか?」というストーリーを知りたくなってくるものです。
そんなとき、「伊達前鮨プロジェクト」のように海を知る仲卸と、カウンターを預かる職人が手を組むからこそ伝えられることがあります。我々は、たった一つの魚種を提供するまでにも、語り尽くせないほどのエピソードを持っているのです。
背景を知り、目の前の一貫と重なったとき、鮨屋のカウンターに座りながら目の前に宮城の海が見えてくるような、力強い食体験が生まれるのではないでしょうか。
「伊達前鮨プロジェクト」は、2026年3月11日に、一般社団法人伊達前鮨として登記をしました。15年前、東日本大震災で悲しみに暮れていたわたしたちの、新たな決意の表れです。我々は「伊達前鮨」を通じて、宮城から鮨を愛してやまない人を増やし、潮目を変えていきたいと思います。
▼公式サイト

