月桂冠のプレスリリース
月桂冠株式会社(社長・大倉治彦、本社・京都市伏見区)の総合研究所は、酵母に燻製様の劣化臭(オフフレーバー)を生産させない新たな育種技術を開発しました。酵母がオフフレーバーを生産する能力を欠損させる、この技術の応用により、日本酒醸造で一般的に用いられている酵母以外からも、酒造に適した酵母を育種できるようになり、これまでにない香味の日本酒など新たな製品の創出につながる成果となりました。その成果を生かして、月桂冠「THE SHOT」シリーズの新商品「鮮やかジューシー 純米」を商品化し、10月1日、新発売しました。
日本酒の官能評価では、4-ビニルグアヤコール(4-VG)という成分が燻製様のオフフレーバーとされています。4-VGは、日本酒の醸造中、米に含まれるフェルラ酸を原料にして、酵母のフェルラ酸脱炭酸酵素遺伝子(FDC1=エフディーシーワン)が機能することで作られます。酵母は様々な機能を発揮する遺伝子を2本ずつ対で持っていますが、一般的な清酒酵母ではFDC1遺伝子が2本とも機能欠損しているため、4-VGを生産しません。当社の内蔵酒造場で見出した蔵付き酵母U-01株は、FDC1遺伝子2本のうち1本が機能を維持しているため、日本酒醸造試験において4-VGを生産するものの、味の評価としては優れているという特徴を持っていました。そこで本研究では、香味の優れた日本酒を造ることを目的として、U-01株のFDC1遺伝子を2本とも欠損させることにより4-VGを生産しない株の育種を試みました。手法としては、2本の遺伝子対のうち片方に入っていた有用な形質が両方に入る珍しい現象、LOH(loss of heterozygosity:ヘテロ接合性の消失)が生じた株を高効率に選抜するHELOH法(High-efficiency loss of heterozygosity)を用いました。しかし、FDC1遺伝子にLOHが生じた株を直接選抜する方法は明らかになっていません。そこでFDC1遺伝子の近傍に位置し、LOHの起きた株の選抜方法がわかっているガンマグルタミン酸リン酸化酵素遺伝子(PRO1=プロワン)を標的として選抜を行いました。 酵母がアミノ酸のプロリンと間違って取り込んでしまう抗生物質であるL-アゼチジン-2-カルボン酸(AZC)に耐性を持つ株、つまりPRO1遺伝子にLOHが生じた株を選抜することで、PRO1遺伝子に巻き込まれる形で近傍のFDC1遺伝子にもLOHが起きた株が取得できると考えました。結果、狙い通りFDC1遺伝子が2本とも機能欠損した株(GW-02株)の取得に成功しました。この株で小スケールの日本酒醸造試験を行ったところ、4-VGは生産されず(右図)、出来上がった日本酒は特徴の際立った甘酸っぱい香りや奥行きのある甘味を有していることを確認しました。また、この株を用いて、工場スケールで日本酒を醸造したところ、同様に香味に特徴のある日本酒を醸すことができました。本研究の結果から、蔵付きの酵母など、自然界から分離した非・清酒酵母であっても、オフフレーバーを生産できなくすることで一般的な清酒酵母では出すことの難しい香味を実現できることを実証したものであり、日本酒の多様化に資する成果と言えます。
この研究成果は、「蔵付き酵母の4-ビニルグアヤコール非生産化」と題して、「2020年度醸造学会大会」(主催:日本醸造学会)で、10月21日に発表しました。
●学会での発表
学会名:2020年度日本醸造学会大会(主催:日本醸造学会)
発表日:2020年10月21日から27日(オンラインで開催)
演題:蔵付き酵母の4-ビニルグアヤコール非生産化
Breeding of 4-vinylguaiacol non-producing “House” yeast
発表者:○伊出 健太郎、根來 宏明、小高 敦史、秦 洋二、石田 博樹(○は演者)
●治右衛門酵母と命名
今回の研究に用いたのは、月桂冠の内蔵酒造場に棲んでいたいわゆる蔵付きの酵母であり、育種により劣化臭を生産させず、香味の特徴的な日本酒造りに応用できることを実証しました。そのことを象徴する酵母の呼び名として、月桂冠の創業者の名であり、江戸期の間、代々が襲名してきた「大倉治右衛門」の名にちなんで、「治右衛門酵母」(じえもんこうぼ)と命名しました。この酵母の存在を広く知っていただくためにロゴを作成(右図)、今後、この酵母で造った日本酒や、特徴的な酵母を表す意匠として、アピールに活用していきたいと考えています。
●月桂冠THE SHOT「鮮やかジューシー 純米」に応用
今回取得した酵母は、新酒質・新容器・新しい飲み方で日本酒の新たな価値観を打ち出す「THE SHOT」シリーズの新商品「鮮やかジューシー 純米」(180mLびん・2020年10月1日発売)の醸造に使用しています。パイナップルやアプリコットを思わせる甘酸っぱい香りが感じられ、濃醇でありながら、すっきり感や奥行が感じられる新しいテイストの純米酒を、手のひらに収まるスタイリッシュなショットボトルに詰めました。
●本研究に関連する学会発表について
月桂冠の内蔵酒造場に棲んでいた蔵付きの酵母の取得について、以下の通り発表します。
学会名:第12回日本醸造学会 若手シンポジウム(主催:日本醸造学会 若手の会)
発表日:2020年10月22日から29日 (オンラインで開催)
演題:蔵付き酵母の単離と遺伝子解析
発表者:○根來 宏明、伊出 健太郎、小高 敦史、秦 洋二、石田 博樹(○は演者)
●月桂冠総合研究所
1909(明治42)年、11代目の当主・大倉恒吉が、酒造りに科学技術を導入する必要性から業界に先駆けて設立した「大倉酒造研究所」が前身。1990(平成2)年、名称を「月桂冠総合研究所」とし、現在では、酒造り全般の基礎研究、バイオテクノロジーによる新規技術の開発、製品開発まで、幅広い研究に取り組んでいます(所長=石田博樹、所在地=〒612-8385 京都市伏見区下鳥羽小柳町101番地)。