江崎グリコ株式会社のプレスリリース
江崎グリコ株式会社は、「歯の修復および加速化に関する革新技術開発」の研究において、公益社団法人日本農芸化学会から「2021年度農芸化学技術賞」を受賞いたしました。受賞内容は、歯の健康を促す、高水溶性カルシウム(リン酸化オリゴ糖カルシウム)の開発、量産化から商品応用、さらに幅広い剤型への応用技術開発の取り組みに関するものです。
<受賞者:左から滝井 寛・釜阪 寛・田中 智子>
日本農芸化学会は、農芸化学分野の基礎および応用研究の進歩を図り、それを通じて科学、技術、文化の発展に寄与することにより人類の福祉の向上に資することを目的として、1924年に設立された学術団体です。1957年に文部科学省の認可によって社団法人となり、2024年には創立100周年を迎えます。授賞式・受賞者講演は、3月18日(木)にホテルメトロポリタン仙台で行われました。
今回受賞した内容は、1993年より長年にわたり研究開発を続けていたテーマである、高水溶性カルシウム素材リン酸化オリゴ糖カルシウム(POs-Ca)の開発、POs-Caの初期むし歯※1の再石灰化・再結晶化※2実証から商品応用、さらに再石灰化促進の幅広い剤型応用を可能とするε-ポリリジン(EPL)※3を用いた技術開発にて歯の健康増進策の社会実装とそれに続く革新的な技術開発に関するものです。
当社は、現在POs-Ca配合ガム摂取時の再石灰化および再結晶化促進効果を見出し、特定保健用食品の開発に繋げました。さらなる研究の結果、POs-Caとフッ素含有茶抽出物を併用することにより、POs-Ca単独に比べ、より高い効果を実証し歯科医院専用ガムとしても上市しております。
今後もPOs-Ca素材およびPOs-Ca配合ガムの研究開発、その加速化技術を通して、世界でも類をみない長寿国である日本国民の歯が生涯丈夫で健康であり続けることに大きく貢献できる新たな技術開発に取り組んでまいります。
今回の業績と受賞者、研究概要は以下のとおりです。
1.業績名
「歯の修復および加速化に関する革新技術開発」
2.受賞者
研究業務室 釜阪 寛
応用研究室 田中 智子
研究業務室 滝井 寛
3.研究背景
現在の日本人の平均寿命が80歳を超えてきている中、歯の寿命は約65年と言われており、残りの人生20年余りは口腔内の不良状態を抱えたまま、体づくりの基本となる「食べる」という生命活動を行わなければならず、Quality of life が著しく低下します。また国民医療費のうち「歯科」の占める割合は「がん」よりも高くなっており、その社会課題性が高まっています。本課題への取り組みの一つとして厚生労働省を中心に1989年から「8020運動(80歳になっても20本以上自分の歯を保とうという運動)」を展開しており、さらに2011年には「歯科口腔保健法」が成立。迫る長寿社会に備えて、歯の健康増進に国を挙げて取り組んでいます。このような社会課題の背景をもとに、当社は食品を介して歯の健康増進施策として「歯の修復および加速化に関する革新技術開発」を探究してまいりました。
4.業績要旨
(1)高水溶性カルシウム素材 “リン酸化オリゴ糖カルシウム(POs-Ca)”の開発
馬鈴薯(じゃがいも)澱粉からブドウ糖や異性化糖を製造(糖化)する際の未消化画分(廃棄されている部分)に注目しました。この未消化画分から,リン酸エステル結合を含むオリゴ糖の分画を見出しカルシウム塩として回収することに成功し、高水溶性カルシウム素材(POs-Ca)の開発に成功しました。一般的なカルシウム素材であるリン酸1水素カルシウムや炭酸カルシウムが室温で水に殆ど溶解できないのに対して、POs-Caのカルシウムの溶解性は70%以上と、非常に優れた水溶性を有していました(図1)。さらに、① 再石灰化に必要なリン酸とカルシウムが唾液のような中性下で結合して不溶化しやすいのに対して、POs-Caはリン酸と共に溶けている状態を維持できること、②むし歯の主な原因菌であるミュータンス連鎖球菌に資化されない(餌にならない)こと、③ pH緩衝能※4を有していることからオーラルヘルス用途に適した素材として着目しました。
(2) POs-Caの初期むし歯の再石灰化・再結晶化の実証と商品への応用
毎食後、徐々に歯からカルシウムが失われます(脱灰)。一方で、唾液からカルシウムを取り戻すこともできます(再石灰化)。日頃、口腔内では脱灰と再石灰化がサイクルしていますが、口腔衛生の不良等によりこのサイクルが乱れ脱灰に偏ると、「むし歯」になる前段階である「初期むし歯」という状態を生じます。そこで、高水溶性カルシウム素材POs-Caを用いて、初期むし歯の再石灰化・再結晶化を促す研究を行い、商品応用を目指しました。
① POs-Caの黄金比率 カルシウム/リン酸モル濃度比率(Ca/P)=1.67
歯はカルシウムとリン酸で構成されており、歯エナメル質を構成するハイドロキシアパタイト結晶※5は体の中で最も硬い組織です(図2)。POs-Caのカルシウムは唾液に少ないカルシウムを補って、カルシウム/リン酸モル濃度比率(Ca/P)を高め、ハイドロキシアパタイトと同じ1.67まで高めることができます(図3)。その結果、歯エナメル質と同じハイドロキシアパタイトを効率的に回復させることができました。他のカルシウム素材は、唾液のような中性環境でCa/P を1.67にすることは、カルシウムとリン酸が結合して不溶化するため難しいことが分かっています。
② フッ化物との併用効果
フッ化物は従来、むし歯予防の素材として活用されています。しかし、フッ化物とカルシウムは結合しやすいため同時に配合することが困難であるとされていました。POs-Caはフッ化物と併用することを可能とし、歯にカルシウムとフッ化物が同時に供給することを実現しました。その結果、カルシウムとフッ化物両方の効果を得ることが可能となりました。
③ オーラルケア商品への応用
ガムは咀嚼力の育成、唾液分泌の促進に優れた物性をもつ食品です。そこで、ガムにPOs-Caを唾液環境がCa/P 1.67の黄金比率になるように配合し、合わせてPOs-Caと微量のフッ化物(茶抽出物由来)の配合ガムも設計しました。その商品効果をヒト試験で検証しました。再結晶化は、マイクロオーダーで極めて微量の結晶変化であることから、大型放射光施設SPring-8(兵庫県佐用郡)で、検証方法から開発し、初期むし歯の再結晶化を検証しました(図4)。
④ POs-Ca素材の使用商品の拡大
従来、初期むし歯の再石灰化、再結晶化には、カルシウムイオンやリン酸イオンを歯に浸透させ、結晶を再生させるため、摂取毎20分以上の反応時間を要していました。その結果、商品応用するにあたり、剤型が非常に限定されたものになっていました。しかし、飲料やタブレットのような反応時間が比較的短い商品への応用を目指すためには、反応時間を短縮化する必要がありました。そこで、塩基性アミノ酸の1種であるε-ポリリジンという素材に着目しました。POs-Caと併用することで、従来のPOs-Caの効果と比較して、約3倍の速度で反応することを見出しました(図5)。将来は、さまざまな領域のオーラルケア商品への応用が期待されます。
<受賞者・受賞経歴>
●受賞者
釜阪 寛(かまさか ひろし)
高校時代の恩師に勧められ農芸化学という学術分野を知る。1989年江崎グリコに入社後、入社当時の菓子開発研究所で焼き菓子の研究開発を担当。1993年よりPOs-Ca素材の開発に着手。今回、田中智子・滝井寛とともに、念願の農芸化学技術賞を受賞。
●POs-Ca関連の研究・商品の受賞経歴
2008年 日本応用糖質学会 技術開発賞
2010年 ひょうごSPring-8賞
2015年 第29回 『独創性を拓く 先端技術大賞』 最優秀賞・経済産業大臣賞
2015年 フードアクションニッポンアワード2015 最優秀賞
2019年 第一回 「防災グッズ大賞」大賞
2021年 日本農芸化学 農芸化学技術賞
POs‐Ca研究者のインタビューはこちら:https://www.glico.com/jp/health/contents/professional05/
POs‐Caの研究詳細に関してはこちら :https://jp.glico.com/laboratory/posca/02.html
※1 初期むし歯
歯の表面に穴があく一歩手前の状態。
※2 再結晶化
健康な歯と同じ構造を有したハイドロキシアパタイト結晶が回復すること。
※3 ε-ポリリジン(イプシロン-ポリリジン)
ポリリジン(ε-ポリ-L-リジン、EPL)は、必須アミノ酸の1つであるL-リジンの
低分子天然ホモポリマーである。
※4 pH緩衝能
唾液中に含まれる重炭酸塩やリン酸等の働きにより、pH を一定に維持しようとする働きのこと。
※5 ハイドロキシアパタイト結晶
リン酸とカルシウムの結晶構造の一つで、歯のエナメル質を構成する結晶構造のこと。
歯のハイドロキシアパタイト{Ca10(PO4)6(OH)2}は、六角柱が咀嚼方向に垂直に並ぶことで、
水晶と同程度の硬さを示し、人体では一番固い結晶構造である。
※6 象牙質
歯の最表面のエナメル質の内側に存在する構造物。エナメル質と異なり約3割コラーゲン組織等の
タンパク質を含むため、エナメル質より硬度が低く、酸に対する浸食性も弱い。咀嚼の強度を緩和
するクッションの役割を果たしている。