ぐるなび、東京工業大学との共同研究成果を発表

株式会社ぐるなびのプレスリリース

株式会社ぐるなび(本社:東京都千代田区、代表取締役社長:杉原章郎 以下、ぐるなび)は、東京工業大学と発酵をテーマとした共同研究を行い、新たな研究成果を発表。野菜を塩漬けした際に起こる微生物群集(※1)と成分の変化について、地域を越えた共通性を明らかにしました。

ぐるなびと東京工業大学は、「ぐるなび食の価値創成 共同研究」として、日本の食文化を支える発酵をテーマとした共同研究を2016年より行っています。本研究は、日本三大菜漬である長野の野沢菜漬、広島の広島菜漬、福岡の高菜漬を題材とし、野菜を塩漬けにする際の工程の中でも、世界的にまだ研究が行われていない前処理(野菜を脱水・軟化する工程)と塩蔵(野菜を長期保存するための工程)の2つの工程における微生物群集と成分の変化を調べ、漬物製造に資するより良い知見を得ることを目的に実施しました。

研究の結果、高塩濃度で長期間漬け込む塩蔵工程によって、分枝アミノ酸(※2)であるイソロイシン・ロイシン・バリンの濃度が、もともとの原料野菜と比べて大きく上昇することを見出しました。これはゲノム情報の解析から、好塩性細菌(※3)が塩蔵工程の環境に適した分枝アミノ酸を発酵生産する能力を持つからであると推察。今回の知見は、より良い漬物生産に活かされるとともに、好塩性細菌の応用可能性をさらに広げることが期待されます。

ぐるなびは、「日本の食文化を守り育てる」という企業使命を掲げ、事業を進めています。今後も、東京工業大学との共同研究により、発酵過程や発酵に関わる微生物を科学的に解析することで、日本の食が持つ新たな価値を発見し、さらなるブランド価値向上を目指します。

※1 微生物群集 :ある場所に存在する微生物の全体をさす。
※2 分枝アミノ酸:分子の炭素鎖に枝分かれ構造があるアミノ酸のこと。
※3 好塩性細菌 :およそ2%以上の塩濃度環境を好む細菌。

 

【株式会社ぐるなび イノベーション事業部 澤田和典よりコメント】
塩で漬けて作る漬物は、人にとっては単純に野菜を塩に漬けるだけですが、ミクロの視点で見ると実は様々な微生物が複雑に関係しあってできています。今回は、日本三大菜漬を題材として、塩漬け中に起こる発酵現象について研究を行いました。日本三大菜漬はそれぞれ特色のある漬物ですが、類似する製造工程では共通の発酵現象が見られました。特に塩蔵工程では、塩を好む微生物によって分枝アミノ酸(BCAA)と呼ばれるアミノ酸が増加することが示されました。今後の研究によって新しい切り口の漬物製造が可能になるかもしれません。

■研究概要
1.研究背景

塩を使って野菜を加工する技術は古代エジプト、メソポタミア、ローマでも行われていたといわれており、人々にとって現代に至るまで重要な技術として受け継がれてきた。塩を使う目的としては、前処理(野菜を脱水・軟化する工程)、乳酸発酵(乳酸発酵を促進する工程)、塩蔵(野菜を長期保存するための工程)があるが、乳酸発酵については、日本を含めて世界中で研究が行われ、ザワークラウトやきゅうりのピクルス、キムチといった乳酸発酵を利用した漬物の製造工程における微生物群集や成分の変化が明らかにされている。いずれの場合もLeuconostoc mesenteroidesLactobacillus plantarumといった乳酸菌が働き、乳酸が生成されることが知られている。一方で、前処理や塩蔵の微生物群集や成分の変化については研究が行われておらず、古くから行われている技術でありながら、それによって起こる現象については明らかになっていない。そこで、日本三大菜漬である野沢菜漬、広島菜漬、高菜漬の製法に着目し、前処理工程や塩蔵工程にどのような微生物群集や成分の変化が起こるのかを明らかにすることを目的として研究を行なった。野菜の塩漬けメカニズムの地域を越えた共通性を知ることで、より良い漬物製造に資する知見を得ることが期待される。

2.研究成果
漬物メーカーから提供を受けたサンプルを、製造工程に基づいて「原料 (I)」「前処理 (P)」「塩蔵 (S)」の3グループに分け、比較を行った。(図1)。原料野菜には多種多様な微生物群が存在するが、5日間、5%程度(いずれもグループの平均値)の塩濃度で漬けた前処理グループでは乳酸菌が増える一方、好気性(※4)の微生物属も存在していた。前処理工程と同程度の塩濃度で行う乳酸発酵工程では、数日の間に乳酸菌が占有することが知られている。前処理工程では、乳酸発酵工程ほど嫌気度(※5)が必要とされないことから、このような違いが生まれたと考えられた。5ヶ月間、18%程度の塩濃度(いずれもグループの平均値)で漬けた塩蔵グループでは好塩細菌と乳酸菌が多数を占めていた。高い塩濃度が乳酸菌の占有を妨げ、好塩細菌が割合を増やしたと考えられる。
 

図1.
各サンプルから得られた微生物属が占める割合。0.5%以下はOthers (その他) にまとめている。 Iは原料野菜グループ、Pは前処理グループ、Sは塩蔵グループを示している。
前処理は乳酸菌群が上位だが圧倒的ではない。Vibrio属が約9%程度存在。塩蔵は好塩性細菌と乳酸菌群が共存。今回着目した属の中で網掛けのものが乳酸菌、斜線のものが好塩性細菌。
(※4)好気性:酸素がある環境で活発に生育すること。
(※5)嫌気度:酸素が存在していない度合いのこと。

各工程のサンプルに含まれるアミノ酸と有機酸の24成分について定量を行なったところ、原料野菜と前処理工程間で成分濃度に有意な差があったものは2成分のみであったため、前処理によって成分変化はほとんど起こらなかったと考えられる。一方、原料野菜と塩蔵工程間で成分濃度に有意な差があったものは9成分あり、その中で前処理工程と塩蔵工程間でも有意な差があったものは5成分(イソロイシン、ロイシン、バリン、フェニルアラニン、乳酸)だった。このうちフェニルアラニンを除く4成分はピルビン酸を前駆体とするアミノ酸・有機酸であることが知られており、塩蔵工程の微生物群集はピルビン酸周辺の代謝経路に影響を与えている可能性が考えられた。また乳酸が多く含まれていたことから、漬け込み環境は嫌気度が高い状態であることが推測された。

図2.
サンプルに含まれるアミノ酸・有機酸のうち、有意差を検出した成分の濃度。Iは原料野菜グループ、Pは前処理グループ、Sは塩蔵グループを示している。

濃度に有意な差があった成分のうち、アミノ酸であるイソロイシン、ロイシン、バリン (分枝アミノ酸、以下BCAA) は生合成経路(※6)を一部共有している。そこで、これらのアミノ酸の代謝経路について微生物群集中の存在比をデータ解析 (Picrust解析※7) で検討したところ、塩蔵工程と他の工程間で顕著な差はなかった。このことから、BCAA濃度の有意な差は代謝経路の量的な違いではなく、質的な違いによることが推測された。これらの代謝経路がどの微生物属によって担われているかを調べたところ、塩蔵工程では全ての経路において好塩性細菌であるHalanaerobium属による寄与が最も高くなった。

図3.
Picrust解析による寄与率の結果。Iは原料野菜グループ、Pは前処理グループ、Sは塩蔵グループを示している。AはBCAA生合成経路、B〜Fはイソロイシン生合成経路、Gはバリン生合成経路。寄与度は各微生物属がその代謝経路の強さにどの程度関与しているかを示す指標。
(※6)生合成経路:
ある物質を細胞内で作り出すために起こる、一連の酵素反応全体のこと。
(※7)Picrust解析:
微生物群集のデータから、ある遺伝子がその集団の中にどの程度存在するかを推定する解析方法。

BCAAが塩蔵環境で生成された理由を推定するため、生合成量を調節する重要な役割を果たす鍵酵素、ketol-acid reductoisomerase (KARI) の補酵素の基質特異性(※8)について検討した。一般にKARIはNADPH(※9)を補酵素とするが、特殊な環境を好む微生物の中にはNADH(※10)を補酵素とするものがあり、KARIのアミノ酸配列に特徴があることが知られている。すでに公開されているHalanaerobium congolensのKARIのアミノ酸配列を調べたところ、NADHを補酵素とする可能性が示唆された。このことから、嫌気環境中においてNADHを再酸化するためにピルビン酸から乳酸が生成されるのと同様に、Halanaerobium属の微生物中ではBCAAを生合成してNADHを再酸化することができるため、Halanaerobium属の割合が多い塩蔵環境中でBCAAの濃度が高くなったことが推測された。

※8 基室特異性:
酵素が反応させる物質を選択する性質のこと。
※9 NADPH:
酵素反応の際、反応によって余る電子を受け取ったり、反応に必要な電子を与えたりする電子伝達体。還元型のNADPHと酸化型のNADP+があり、一般的にNADPHは電子を与える電子供与体として働く。
※10 NADH :
酵素反応の際、反応によって余る電子を受け取ったり、反応に必要な電子を与えたりする電子伝達体。還元型のNADHと酸化型のNAD+があり、一般的にNADHは電子を受け取る電子受容体として働く。

3.今後の展開
古来行われている「野菜を塩で漬ける」という加工によって、野菜を取り巻く微生物群集がどのように変化し、成分にどのような影響を与えるのか。これまで十分に研究が行われてこなかった前処理や塩蔵の工程に関する知見はより良い漬物製造に生かされると期待できる。
さらには、好塩性のBCAA生産菌の存在が示唆されたことから、漬物からこの微生物を取得し、高塩濃度の原料を有効活用する、新たなアミノ酸生産菌の研究開発につなげることができる。

【論文情報】
掲載誌:PeerJ
論文タイトル:

The effects of vegetable pickling conditions on the dynamics of microbiota and metabolites
著者:株式会社ぐるなび イノベーション事業部 澤田和典
   東京工業大学 生命理工学院 生命理工学系 小谷野仁・山本希・山田拓司
DOI:10.7717/peerj.11123

参考資料
■ぐるなび・東京工業大学「ぐるなび食の価値創成共同研究」概要

・目的:
日本の食文化を支える微生物の研究による、食と地域のブランディングの実現。食に付随する多次元情報(微生物ゲノム、機能、栄養、文化的背景)を用いた新たな価値創造。
・研究体制:
2016年6月~ 東京工業大学生命理工学院 山田研究室と共同で、「ぐるなび食の価値創成共同研究講座」を開設
2019年6月~  「ぐるなび食の価値創成 共同研究」として新体制で研究を継続
・今後の展開:
研究成果を生かした商品開発等、企業との協業に取り組む

■研究概要と成果
①麹菌研究(2019年12月 論文発表)

・研究概要:
1)主要種麹メーカーから入手した約100株の麹菌株からゲノムを抽出
2)遺伝子の塩基配列を解読し、ゲノムの特徴を確認

研究成果 :
麹ゲノムの大規模比較により、産業上重要な遺伝子には変異が極めて少ないことを明らかにした。

②乳酸菌研究(2016年6月~現在も継続)
研究概要:
1)全国8府県の発酵漬物から約200株の乳酸菌を分離抽出(秋田、山形、長野、愛知、奈良、京都、広島、福岡)
2)遺伝子の塩基配列を解読し、ゲノムの特徴を確認

研究成果:
乳酸菌に地域特異的な遺伝子が存在する事が判明 ※地域性乳酸菌®として商標登録
 

■発表論文
・2019年12月 
DNA Research「Evolution of Aspergillus oryzae before and after domestication inferred by large-scale comparative genomic analysis」
・2021年1月  
Scientific Reports「The relationships between microbiota and the amino acids  and organic acids in commercial vegetable pickle fermented in rice-bran beds」
 

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