株式会社プレナスのプレスリリース
株式会社プレナス(本社:中央区銀座、社長執行役員:金子 史朗)は、持ち帰り弁当の「ほっともっと」、 定食レストランの「やよい軒」、しゃぶしゃぶと本格飲茶の「MKレストラン」、そしてラーメン店の「KAYAVA.」 を、2026年3月末現在国内に2,822店舗展開しております。
当社は、日本の米文化の魅力を次世代へつなぐ取り組みとして、「米文化継承活動」を推進しています。
このたび、4月16日(木)、米食文化研究所のホームページにて「米調理の歴史」を公開いたします。
本コンテンツでは、米の調理方法に焦点を当て、日本で本格的な水田稲作が始まったと言われる約3000年前の古代から現代に至るまでの変遷をわかりやすく解説しています。また、現代の炊飯技術や炊飯の科学的な仕組みについても触れており、日々の暮らしやご家庭での食生活にもお役立ていただければ幸いです。
プレナス米文化継承活動では、今後も日本の米文化の魅力を次世代へ伝える取り組みを継続してまいります。
1.「米調理の歴史」見どころ
(1) 羽釜による炊飯の完成― おいしさを引き出す工夫
古代から甕(かめ)での煮炊きや甑(こしき※)での蒸し調理等様々な米の調理方法がありましたが、平安末頃つば付きの土器の釜が、鎌倉以降には鉄製の羽釜が登場します。江戸後期になると分厚い蓋の釜が普及します。分厚く重い蓋は、釜の内に蒸気を密閉して保つためで、下駄の歯のような蓋の把手(とって)は、高い温度や湿度で板が反るのを防ぐ工夫です。羽釜は竈(かまど)にはめ込むことで、下からだけでなく横からも効率よく加熱できます。少量の水で炊き干した後に、中の蒸気で米を蒸すことで完成させる調理工程は、現代の炊飯器と同様の仕組みです。
※米や穀物を蒸すための土器や木製の器具

(2) 「自動炊飯器」の登場による生活の変化
明治以降ガスや電気が普及すると、明治35年(1902)には日本初の「瓦斯竈(がすかまど)」が登場し、都市部を中心にガスによる炊飯が普及します。時代が下り、昭和30年(1955)に「自動式電気釜(電気炊飯器)」が登場します。それまでの炊飯は目が離せませんでしたが、炊き上がりまでの工程が自動化されたことで、家事労働にかかる時間を大幅に軽減し、生活様式にも大きな変化をもたらしました。

2.米食文化研究所ホームページ概要
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新規コンテンツ名 |
「米調理の歴史」 |
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公開日時 |
2026年4月16日(木)10:00 |
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URL |
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運営 |
株式会社プレナス 米食文化研究所 |
3.プレナス米文化継承事業
「日本の米文化を守り、受け継いでいく。」
日本の歴史、伝統に密接に関わりのある米文化を守り、その素晴らしを未来へつなげていくために、
様々な活動に取り組んでまいります。
文化を守り、その素晴らしさを未来へつなげていくために、様々な活動に取り組んでまいります。
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