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『宇宙日本食』&発売50周年記念ロゴ入り「やきとり缶詰」全国で発売!

株式会社ホテイフーズコーポレーションのプレスリリース

 株式会社ホテイフーズコーポレーション(静岡市清水区、代表取締役社長:山本達也)では、おつまみやおかずとして食卓でおなじみのやきとり缶詰が、「ホテイやきとり(たれ味)宇宙用」「ホテイやきとり(柚子こしょう味)宇宙用」として、2019年の10月25日にJAXA(国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構)の『宇宙日本食』に認証されました。これを記念して、JAXA『宇宙日本食』ロゴの入ったパッケージの商品を2020年1月より期間限定で、順次全国発売します。

 

 

 「やきとり たれ味」は、1970年に世界初のやきとり缶詰として発売以来、2020年で50周年を迎えます。これを記念し、「おかげさまで発売50周年!」と感謝のメッセージも併せて入れた期間限定パッケージとしています。

 やきとり缶詰マーケットにおける当社のシェアは7割以上を占め、販売数量は、年間約2,000万缶、この50年間で累計販売数9億缶(2020年1月現在)を越える人気商品です。
 当社では、今回の認証及び発売50周年を節目ととらえ、今後とも多くの皆様に親しまれるよう、やきとり缶詰を中心に美味しさを追求し、安心・安全な商品づくりに努めてまいります。
※『宇宙日本食』の情報はJAXAのHP(http://iss.jaxa.jp/spacefood/about/japanese/)をご参照下さい。

 

            

            創業から「やきとり缶詰」発売までのホテイフーズ ヒストリー 
■昭和8年(1933年)に海産物製造業から缶詰製造業へ転換、ミカン缶詰では静岡県下で上位

マグロ缶詰製造ライン(昭和10~13年頃)マグロ缶詰製造ライン(昭和10~13年頃)

 静岡県庵原郡蒲原町の旧家の一つである山本家の当主であった山本良作は、昭和7年(1932年)の当時、家業であるカツオ節や削り節を製造する海産物製造業の将来性に疑念を持ち、翌、昭和8年(1933年)に、清水で順調に業績を伸ばしていた缶詰製造業に事業を一大転換。「三共商会」(山本良作ほか2者の協力)を設立し、マグロ油漬缶詰製造を開始したのが始まりです。戦前の最盛時は蒲原町には「三共商会」をはじめ、7つの缶詰工場が操業していました。その多くは、マグロの油漬缶詰に加え、静岡特産のミカン

ミカン缶詰製造ライン(昭和15~16年頃)ミカン缶詰製造ライン(昭和15~16年頃)

を原料とした「ミカン缶詰」を製造していました。昭和13年(1938年)1月の調べによると、「三共商会」は、静岡県下では第二位のミカン缶詰の製造量を記録しています。

 

 

 

 

 

■戦時中は軍からの転用命令で、航空兵の防風眼鏡枠や防錆剤を製造、終戦直後は製缶業
戦時下では、静岡県下60余の缶詰工場が静岡県缶詰㈱に統合され、海軍航空本部からの突然の転用命令で、航空兵の防風眼鏡枠や防錆剤を製造せざるを得ませんでした。
終戦直後は、缶づくりや駅前での売店運営などを行い、缶詰製造に向けた備えを続けました。

■缶詰製造の再開、工場を拡大、ドレッシングツナなど輸出製品を強化新製品「ツナスプレッド」をロンドンのスーパー店頭で販売(昭和41年頃)新製品「ツナスプレッド」をロンドンのスーパー店頭で販売(昭和41年頃)

 昭和22年(1947年)に山本食糧工業㈱を設立し、戦前と同様のミカン缶詰とマグロ油漬缶詰を主力に缶詰製造を本格的に開始しました。
 昭和28年(1953年)~昭和38年(1963年)まで、蒲原町の第一工場改築、続いて第二工場新設、関連食品会社を次々に立ち上げるなど、業績を一気に拡大。一方、新製品の開発にも注力。冷凍ミカンやドレッシングツナなどの輸出向け製品に力を入れるなど、売上の80%を輸出が占める時代もありました。
 

  

■東洋一の缶詰工場、「富士川工場」の新設と「やきとり缶詰」の誕生

現在の富士川工場エントランス現在の富士川工場エントランス

 創業者である山本良作社長が逝去し、長男の幾太郎が新社長に就任。気仙沼、蒲原、清水、由比などの主力工場

 

の整備、昭和42年(1967年)に、当時は東洋一の缶詰工場と言われた富士川工場を竣工しました。
 そして、昭和45年(1970年)に、世界で初めて、「やきとり缶詰」を製品化。それまで輸出中心だった缶詰業界は転換期を迎えており、国内向け商品の開発が急務となっていました。そこで安定供給可能な鶏肉を原料に、日本人になじみ深い「やきとり」を缶詰にしようと開発に至りました。「やきとり」の特徴である炭火焼きには徹底的にこだわり、当初は、お手製の炉でひとつひとつ手焼きしていました

が、すぐにヒット商品となり、生産が追いつかない事態となったため、試行錯誤の末、ベルトコンベアーの製造ラインに炭焼き装置を組み込むことに成功。缶のデザインには、人気漫画家のおおば比呂司氏の親しみやすいイラストを起用し、それが、現在まで、「やきとり缶詰」のイメージを訴求し続けています。

■「やきとり缶詰」、50年の累計販売数は9億缶を突破!災害時の備蓄食としても注目

現在の「やきとり缶詰」シリーズ現在の「やきとり缶詰」シリーズ

現在、「やきとり缶詰」の年間の販売数量は約2000万缶、50年の累計販売数は9億缶を越え、これ は、東京ドーム1.5杯分に相当する量です。
 また、「やきとり缶詰」は東日本大震災以降、備蓄食としても注目されています。賞味期限が3年と長いだけでなく、緊急時に不足しがちなたんぱく質や脂質を補給することができます。また、鶏肉の融点は豚肉や牛肉よりも低く、加熱しなくても口の中で自然に溶けやすいため、常温で美味しく食べられるという点も備蓄食向きと言えます。ちなみに静岡県は、国内の缶詰生産量では約3割、ツナ缶詰では97%を占める「缶 詰王国」です。

               JAXA認証『宇宙日本食』について
■『宇宙日本食』とは

 

 宇宙生活において、食事は単なる栄養補給に留まらず、宇宙飛行士にとっては娯楽の一つとしてストレス緩和の側面を持ちます。そのため、基本支給される宇宙食の他に、各国の宇宙飛行士に合わせたその国ならではの宇宙食の開発が進められてきました。これが日本の場合、JAXAが認証する『宇宙日本食』となります。

■市販品が『宇宙日本食』の認証取得は稀有。「食肉缶詰」としては国内初の認証
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宙日本食は「宇宙空間で飛び散らない」「常温で1年半以上の賞味期限」「限られた設備で調理可能」といった基本条件の他、「宇宙日本食認証基準」を満たすべく、書類審査や1年半の保存試験、JAXA立会いの工場検査など厳しい条件を乗り越えなければなりません。そのため、これまで認証された宇宙日本食の多くは宇宙専用商品であったり、市販品の仕様や製造工程、包材などを宇宙用にカスタマイズしています。
 しかし、当社のやきとり缶詰は、市販品が基本条件をクリアしているだけでなく、製造工程、特に衛生管理面もJAXA基準を満たしており、申請から2年7ヶ月を経て、2019年10月25日に正式に認証を取得しました。
 やきとり缶詰の場合、『宇宙日本食』と市販品の違いは基本的にデザインが施されているか無地缶かということだけであり、地上で普段食べているものと同じクオリティのものを宇宙空間で食べることができます。言いかえれば、普段何気なく食べているやきとり缶詰が実は宇宙食レベルで管理されている安心安全な食品ということになります。ちなみに、今回の認証は、「食肉缶詰」としては国内初の認証となり、『宇宙日本食』は2019年10月25日現在で20社・団体、36品目が認証されています。

■やきとり缶詰が宇宙へ!

 今後、野口宇宙飛行士や星出宇宙飛行士が国際宇宙ステーションに滞在する際に『宇宙日本食』として食べられる予定です。輸送日程が確定次第、当社より後日お知らせいたします。

              株式会社ホテイフーズコーポレーション 沿革(抜粋)
昭和8年  4月  三共商会の名称にてツナ・みかん缶詰製造を開始
昭和17年 8月  静岡県缶詰(株)へ企業合同し、その運転工場となる
昭和21年 2月  山本商店を創立、製粉、つくだ煮、飲料水等の製造ならびに食料問屋を開始
昭和22年 9月  山本食糧工業(株)に組織変更し、問屋部門を山本商店として分離する
昭和28年 3月  気仙沼食品(株)を気仙沼魚浜町に設立
昭和33年 11月 由比特産缶詰(株)を設立
昭和38年 4月  多加羅食品(株)を設立
昭和41年 6月  ほてい運輸(株)を設立
昭和42年 11月 富士川工場竣工
昭和43年 1月  気仙沼食品(株)、由比特産缶詰(株)、多加羅食品(株)を吸収合併し、ほてい缶
詰株式会社に社名変更
昭和45年 12月 「やきとり缶詰」新発売
昭和59年 4月  気仙沼工場、気仙沼ほてい(株)として分社
昭和60年 4月  富士川ドリンクプラント落成(缶飲料)
昭和63年 2月  サイアムほてい株式会社(タイ)設立
昭和63年 12月 新本社落成
平成2年  11月 寧波海静食品有限公司(中国)設立(みかん缶詰製造)
平成5年  10月 社名を株式会社ホテイフーズコーポレーションに変更
平成7年  1月  アロエ缶詰新発売
平成7年  5月  富士川ボトリングプラント落成(ペットボトル飲料)
平成7年  11月 プランブリーフルーツインダストリー〔1994〕株式会社(タイ)買収(パインアッ
プル缶詰製造)
平成9年  2月  タイ国プランブリーフルーツインダストリー〔1994〕株式会社をプランブリーホテ
イ株式会社に社名変更
平成11年 2月  富士川ボトリングプラント第2プラント竣工
平成11年 5月  ヤマモトシンガポール株式会社を、ホテイシンガポール株式会社に社名変更
平成19年 10月 流動食プラントが生産を開始
平成29年 4月 「ホテイフーズ直販ショップ」オープン
平成29年 11月 やきとりラインを富士川工場へ移設
令和元年  10月 「ホテイやきとり(たれ味)宇宙用」「ホテイやきとり(柚子こしょう味)宇宙用」、
JAXA『宇宙日本食』に認証
令和2年  1月~「やきとり缶詰」発売50周年

 

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